志村いち。

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「全然気づかなかったよ」 「10分程前に始業のチャイムが鳴ったはずなんだけど」  その時大きな舌打ちをしていたのはどこのどなたでしょか。 「私過去は振り返らない主義なんだよね」  世界史の授業中に言っていいことではない。 「出来れば静かにしてくれるとありがたいのだけど」 「でも、太郎君は喋ってるよ。大声で」  太郎君はいいんだよ。 「えこひいきよくない」  えこ贔屓じゃない。当然の権利と義務だ。 「そういえばさ、これは一昨日の話しなんだけど‐‐」  おいこら。  この人の舌は休むということを知らないらしい。今日も今日とて志村さんは絶好調。おかげさまでこっちは絶不調だ。 「そろそろ本当に静かにしないと……」  怒られる。そう続けようとしたけど、言葉は途切れた。いつの間にかクラス中の視線が僕たちに集中している。太郎君の話し声も聞こえない。原因なんて考えるまでもない。志村さんの背後にそびえ立つ黒い影が答えだ。  しむらぁー。うしろ、うしろー。 「‐‐!」  パスンという小気味良い音と、声に鳴らない悲鳴。太郎君が降り下ろした世界史の資料集は、見事志村さんの後頭部の中心を捉えていた。
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