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《うめあめ》
彼女は六月に降る雨をそう呼んだ。
『だからこの季節は、私のものなの』
黒々としたおかっぱ頭をさらりと揺らして、一回転。共に廻る薄紅色の傘は花弁のよう。
ワンピースの胸の位置にある大きな熊のワッペンは、男の俺からすれば気持ち悪い程の笑顔。
そして彼女のお気に入りの赤い長靴が、水溜まりからいくつもの雫を散らしていた。
それが妙に苛立たしくて、俺は軽蔑の目を彼女に向けた。
『《つゆ》って読むんだよ。ウメは本っ当に馬鹿だな』
『馬鹿じゃないもん!!』
怒ったウメは傘を振り回したが、のろまな彼女に俺を攻撃できる訳がない。
すぐさまそれを奪い取って、俺は意地の悪い笑みを浮かべた。
『やぁ――い! ウメのばぁ――か!』
挑発するように傘を揺らしてから、全速力で彼女の元から逃げ出した。
あの時の俺はどういう訳かそれを愉快だと感じていたのだ。
走りながら振り返えると、ウメはずぶ濡れで一人立ち尽くし、泣き叫んでいた。
それが俺が見たウメの最後の姿だった。
・・‥…アプリコットの雨が降る…‥・・
今日も今日とて、雨が降っている。
下校チャイム後に嫌でも目に入るこの風景に思わず溜め息が出た。外に出ると同時に感じる土の匂いも大嫌いだ。
「晴輝! 一緒に帰ろうぜ!」
軽い衝撃。俺の親友であるシゲが勢い良く肩を組んできた。
「悪い。今日は一人で帰るわ」
その腕を振り払い素っ気ない返答をする。
「何だよ、お前また六月病かぁ? 仕方ねぇ、じゃあまた明日な!」
そう言ってシゲは笑いながら俺の染めたての茶髪をぐしゃぐしゃにすると、小走りで帰っていく。
俺は再び、悪い、と呟いてシゲを見送ると、緑色の傘を開きゆっくりと歩き出した。
ちなみに『六月病』とは、毎年この時期になると愛想が悪くなったり突然髪色を変えたりと異常行動が増える俺に対して、シゲが命名したものである。
俺は、梅雨が嫌いだ。
胸が、チリチリと痛むから。
吸い寄せられるようにやってきたのは、小学校時代の通学路。
一本の大きな常緑樹があり、道に沿って浅く細い小川が流れている。並んだ花壇には今年も紫陽花が咲いていた。
六年前、《青山ウメ》は失踪した。ここで俺と会ったのを最後に。
幼なじみだったウメ。
そんな彼女を俺は冷たく突き放し、傘まで奪って大雨の中に置き去りにした。
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