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ウメは少しだけ、頭の悪い子供だった。
だから俺は、周りにからかわれるのが恥ずかしかった、そんな理由で彼女を遠ざけるようになった。
十歳の俺は残酷なまでに餓鬼で、ついにあんな仕打ちまでやってのけたのだ。
幼い頃はいつも一緒に遊んでいたのに。
ウメには俺しかいなかったのに。
同級生には馬鹿にされ、親にも愛されなかったウメ。だから捜索もすぐに打ち切られた。
唯一残された彼女の薄紅色の傘は、俺の部屋で錆びついて。
雨の音を聞きながら、流れの勢いを増した小川をぼんやりと見下ろす。
――だからきっと、俺のせいなんだ。
この雨と共に鮮明に甦る記憶。いくら過去と向き合おうとこの場所を訪れても何をすることも出来ない。
そして行き場のない罪悪感で心が潰されそうになるのだ。
つゆ。梅の雨。
昔の人は何故こんな陰鬱な季節に゙梅゙と名付けたのだろう。
この時期に梅なんて咲いてなどいない――――はず……なのに?
「あ、れ?」
俺は自分の目を疑った。
あるはずのない梅の花が大量に小川の上流から流れてきたのだ。
だが見間違う訳がない。
ウメの好きな花だったから。
そして俺の前を甘い香りが通り過ぎた
――その瞬間。
世界が、セピア色に変わった。
「なっ!?」
突然の出来事に思わず声を上げた。慌てて辺りを見渡すが、全ての景色が色を失っている。
「嘘、だろ……?」
俺が混乱して立ち尽くしていると、常緑樹の裏から一人の女が現れた。
゙真っ赤な゙ドレス、゙紅い゙瞳の整いすぎる顔立ち、長い髪は闇のように黒い。
俺の不安はさらに増した。
そいつは誰もが知っている最悪な人物だったからだ。
刈谷千染(カリヤ チセン)。
連続殺人で一年前に指名手配された女。
「あら」
刈谷は言葉を失っている俺に不気味な笑みを向けた。
「ようこそ、《アミグダラ》へ」
その時、俺の足元にある水溜まりから水の球が浮かびあがった。
俺は小さく悲鳴をあげて仰け反る。
さらにそれは青い光に変化し、刈谷目指して直進した。
だが刈谷が手をかざすと青い光は一瞬で消し飛び、代わりに現れた白の花びら達が静かに舞い落ちた。
刈谷は何事もなかったかのように俺に視線を戻す。
「悪いけど、そこを退いて下さる? 私、貴方の後ろにいる人に用があるの。貴方は――後で殺してあげるから」
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