第4章 不覚のバースデー

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「はい、これ」 茜ちゃんは、僕の胸に、一枚のA4サイズの用紙を押し付けた。 「何、これ」 受け取って貰いたいもの、ってこの紙切れ!? 肩透かしを食った気がして、僕は戸惑いながら、その用紙を、目の高さに持ち上げた。 「住所変更届け。出てないよ、穂積くん。提出お願いね」 「住所って…」 ああ、ありこさんちのか。 ポカンとした、僕の表情が可笑しかったのか。 「また、何されるんだって、ビビってたでしょ」 茜ちゃんは僕をからかう。 「うるさいな」 茜ちゃんをあしらって、僕は、用紙を四つ折りに、ポケットにしまう。 「さっき、穂積くんの胸、すっごい早く動いてた。私が、諦めないのは、可能性がゼロじゃないと思うからだよ」 …ありこさんが聞いたら。 また、浮気者と罵られそうな。 「僕が、ビビリで小心者だからだよ。茜ちゃんにドキドキした訳じゃない」 僕は、ドアのノブに手を掛けた。 「――嘘つき」 背中にぶつけられた罵倒には、振り向かなかった。 振り向けなかった。 嘘だけど本当。 本当だけど嘘。 僕だってオトコだからさ。 茜ちゃんは可愛いし、好きだし、間近に来れば、鼓動くらいは、早くなる。 でも。 (恋ではない) この先も変わるとは、思えない。 売り場に戻る階段で、ふと立ち止まった。 (短冊…どうしよう) 叶えてあげられない、でも、勝手に外すことも出来ない。 茜ちゃんの願い事は、これから三日間、店の入り口に揺れ続けた。
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