4450人が本棚に入れています
本棚に追加
Ⅷ
ありこさんリクエストの、ドンペリなんて、うちの店には置いてなくて。
スラックスのポケットに小さな箱だけ潜ませて、僕はありこさんちに帰った。
「もう熱大丈夫?」
ただいまのキスより先に、僕の額に、ありこさんは自分の額を当てた。
玄関の段差は、僕たちの背丈の差を、フラットにする。
「すっかり下がったんだね」
僕と同じ目の高さで、ありこさんは嬉しそうに笑った。
抱えていた後ろめたさが、消えてくような明るさで。
くっつけられた頭を後ろから手で支えて、僕はいつもより、長く深く、口づけた。
「ごめん、ドンペリ売ってなかった」
唇が離れた後、もう一度額を押し当てて謝ると。
意外な、答えが返ってきた。
「あー、そうそう。どうせなら、一緒に飲みたい酒、あったんだよな」
「……?」
アルコールと見れば、見境なく飲み干しちゃう、ありこさんが。
飲まずに取って置くようなお酒、あったっけ?
最初のコメントを投稿しよう!