「ダメですよ。」

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「今の先輩じゃダメです。」 アカリは得意のニッコリ笑顔で、困惑顔の俺を見る。 「私、今キスされたら本気になっちゃいますよ。 先輩のこと追いかけ廻して、離れなくなっちゃいますよ。」 「……」 「だから私にキスする時は、ちゃんと覚悟を決めてからにして下さいね。」 参ったな。 アカリの方が一枚上手だ。 「……分かったよ。」 アカリの気持ちを知りながら、無責任に発してしまった言葉を反省した。 「ゴメン。」 「ハイ、許しちゃいます。」 その言葉通り、アカリは邪気の無い笑顔を俺に向けて、クスッと笑った。 完全に一本取られた。 アカリ、お前は俺なんかにはもったいない。 俺なんかを好きになるなよ。 お前をホントに大切に思ってる奴が、 すぐ近くにいるんだからさ。 薄暗い帰り道を並んで歩いていると 上下黒のウインドウブレーカーに身を包み、頭にフードをすっぽり被った奴が、怪しげに前からやって来た。 実際は怪しくないのかもしれないが、 暗闇がよりそう思わせるのだろう。 そいつとの距離が縮まるにつれ、 アカリが徐々に身体を俺に寄せて来る。 すれ違う頃には、ズボンのポケットに手を突っ込んでいる俺の右腕に、アカリの左半身が密着していた。 そしてすれ違った後には、俺の右肘辺りに、アカリの左腕が巻き付いていた。 「そんなにくっつかれても、 まだ覚悟出来てないんだけど。」 ちょっと意地悪く言うと、 アカリは拗ねた様に口を尖らせた。 しかし暗闇の恐さからか、絡めた腕を離そうとはしなかった。 俺の右腕に、アカリの鼓動がズシズシ伝わってくる。 だが俺には、『大丈夫だよ。』って抱きしめて、鼓動を静めてやることはできなかった。
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