「ダメですよ。」

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「来ますよね?」 「……さぁね?」 「このまま辞めたりしませんよね?」 「……どうかな?」 「ダメです。辞めたりしないって言って下さい。」 アカリは、訴える様な、そして祈る様な目で俺を見る。 「言えないよ。」 「えっ?」 「嘘はつけないから。」 野球は俺の全てだった。 野球を切り離した生活なんて考えられない。 それと同様に、続けることも、今は考えられない。 だから『辞めない』なんて、今は言えない。 アカリには、その場凌ぎの嘘なんて付きたくないから。 「じゃあ、一つだけ答えて下さい。」 「何だよ?」 「野球、好きですよね?」 心臓を不意にグイッと掴まれた様な衝撃に焦る。 「……分かんねぇよ。」 「嘘、嘘。 先輩、嘘つけないどころか、嘘、下手ですね。『だーい好き』って顔してますよ。」 アカリの顔が嬉しそうにほころぶ。 「勝手に決め付けて喜んでんじゃねぇよ。」 ぶっきらぼうに言ってみるが、俺もつられて顔をほころばせていた。 こうやっていつも、コイツのペースに呑まれてしまう。 「一度好きになったら、そう簡単に嫌いにはなれないですからね。 人の気持ちって、そういうものですよね?先輩が野球を嫌いになれない様に、 私の『好き』も止まらないんです。」 まるでついでの様にサラリと言ってのけているが、アカリの言葉は、嬉しくも重かった。 「じゃあ、明日! おやすみなさい。」 小走りで自宅の中へと消えたアカリを見送った後も、俺はしばらくその場に佇んでいた。
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