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次の日、私は拓也と一緒に毎週末利用している特急電車に乗り込んだ。
拓也とは初めての遠出…
だが初めての遠出がこんなカップルも珍しいかもしれない、というよりまずいないだろう、私も初めての経験だ。まぁこんなことは普通なら有り得ないことなのかも知れないが……
「ホントに会ってもいいのか?」
拓也は確認するように言ってきた。
「いいの、なんとかなるから大丈夫」
私はそう答えると指定された座席に拓也を押し込んだ。
電車が静かに走り出すと、窓からはいつもの見慣れた景色が流れだす。ただいつもと違うのは、その景色を拓也の肩越しに眺めている。
そう私の隣には拓也がいた。
いつもより眺めが悪くなったはずの右側も、私にとっては最高の眺めだった。
そんな事にも幸せを感じた。そのためか、いつもと同じはずの黄昏に染まる街並みが、なぜだかこの日は違って見えた。
拓也はさっきから何も言わず、じっと窓の外を眺めている。
「ねぇ拓也、向こうに着いたら何食べにいく?」
「いいよなぁ、有紀は気楽で…」
拓也はそう言って私の方を見ると煙草に火を着け、また窓の外を眺めだした。
電車はいくつもの駅をどんどん通過していく。
私の婚約者は、きっといつものように駅まで迎えに来ているだろう。
婚約者には「知り合いの人と一緒に行く」
という事だけを伝えていた。
…何て切りだそう…
…あなたとは結婚できません…いや、別れてほしいの…うーん、結婚するの辞めにしない…
色々な言葉が頭のなかに思い浮かぶ。
…どうしよう…何て言えばいいんだろう…
考えれば考える程、さっきまでの気持ちとはウラハラに不安と罪悪感が少しずつ膨らんでいく。
そんな私の気持ちの変化には関係無く、電車はどんどん走り、婚約者との会う時間が容赦なく近付いてくる。次々に押し寄せる不安と罪悪感、胸が痛い…
電車に1時間程揺られ残り2駅となった時、私はとうとう我慢できず、泣き出しそうになりながら言った。
「どうしよう…」
「どうしたんだよ、さっきと全然違うじゃん」
拓也は軽く笑った。
「何で笑うの?」
私が口をとがらしていると拓也は「ゴメン、ゴメン」と言って、そっと私の手を握った。さっきまでの胸の痛みは少しずつ消えていった。
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