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電車を降りると、私と拓也は並んで歩き出した。遠くの方に改札口が見えてくる。
やはり居た。いつものように改札口の所で、婚約者の雅史の姿が見えた。
私はすたすたと歩いていくと、雅史の前で立ち止まった。
「誰、あの人?」
雅史は不思議そうにたずねてきた。
「私あの人の事が好きなの…」
私がそう答えると、雅史は大きく眼を見開いて、呆然と私を見つめる。
まさに言葉を失っていた。
雅史は拓也をチラリと見ると
「とりあえずさぁ、どこかの店に入って話しよう」
と言って歩き出した。
……とうとう言ってしまった、もう後戻りは出来ない。
でもこの時だけは、自分の素直な気持ちが誇らしかった。
私って本当に嫌な女だ。
駅の近くにある喫茶店に入ると、拓也と雅史が向かい合って座り、私はどう座ろうか悩んだ末、一応雅史の隣に座った。
コーヒーを3つ注文したあと雅史は拓也に言った。
「あの、どういう事なんでしょうか?」
「いや、どういう事って言われても…実は俺と有紀、付き合ってるんです。」
「付き合ってる?何を言ってるんですか、僕と有紀は婚約してて来月結婚するんですよ。知らないんですか?悪い冗談はやめてください。」
雅史はそう言うと、じっと拓也を見ていた。
「知ってます。俺は今、有紀と一緒に住んでます。」
「えっ!?」
雅史は一瞬言葉を失うと
「住んでるって……一体いつから……」
と絞り出すように言った。
「2ヶ月ぐらい前です。」
「2ヶ月…」
雅史は水をがぶりと飲むと私の方を向いて言った。
「有紀、どういう事なんだよ!」
「……ごめんなさい……もう結婚出来ません」
私はそう言うだけで精一杯だった。うつ向いたままの顔を上げる事も出来なかった。
自分の気持ちに素直になったはずなのに、胸の中は罪悪感で一杯になり、雅史の顔を見るのは無理だった。
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