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夏の終りの避暑地は、一足早い秋の訪れを迎えていた。
別荘地の中を通る路と、歩道との境目に目を向ければ、色褪せた落ち葉が、風に吹き寄せられ、堆積(たいせき)しているのが見て取れる。
車の往来の殆ど無い車道を避けて、敢えて歩道を歩く必要を感じず、仙崎狂介は別荘の敷地から、迷わず歩道を越え車道に降り立つと、一人の時間を楽しむ様に、ノンビリと散歩を始めた。
久しぶりのまとまった休暇であった、1つ所に留まる事の無い、生業(なりわい)の仙崎には、帰る家と言う物が無い。
唯一この高原の別荘地に、購入した山小屋風別荘が、仙崎にとって帰る家と、言えるのかも知れない。
ただし、一年に2度程、合わせても20日程度、利用する自宅ではあったが。
勿論家族と呼べる者は、名を捨て[仙崎狂介]と名乗った時から無縁となった。
普通、人としてそうで有る人間の中に埋もれ、自分の持つ特殊能力を封印し、平穏(へいおん)で小さな幸福を手に入れる事を、仙崎が望んだ時期が、無かった訳ではない。
判断を誤れば死を招きかねない、刺激的過ぎる世界に身を置き、万が一にも死なずに、老いを迎える事ができるその日まで、仙崎は身を置いた世界から、抜け出せ無いで有ろう、自分を知っているのである。
「さて、10日間ものまとまった休暇、
油絵にでも挑戦してみようかな」
勿論油絵など描いた事は仙崎には無い。
能力者が皆仙崎と同じ、と言う訳では無いのかも知れない、能力を遣うと言う事は、肉体的にも精神的にも、疲労が蓄積されるのである。
結果、仙崎の場合はそれを癒す為に、人知れず一人の時間を必要としたのであった。
「やっぱり風景画だろうなぁ、明日にで
も町に下りて、画材道具一式とキャンバ
スを揃えよう」
そんな事を考えながら見上げた、森の木々の間から零(こぼ)れる、夏の名残の陽射しに仙崎は目を細めた。
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