《訪れた崩壊》

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 ただ今日だけは誕生日という事もあるし、稽古を入れるのは控える事にした。今日だけは、普通の男の子で居てもいいのだ 残されたエルはと言うと、先程の幸せな余韻に酔いしれながら今日の夕食の準備や、普段の家事などいつもと何ら変わらない様子で生活を送っていた。 まさかこの日が……。この時、既に《異界の使者》に居場所がバレている事など知る由もなく 一方、十五歳の誕生日を迎えていつもより気持ちが高ぶっている運命は、特にこれと言った用事もなく何時もの様に山中を抜け、山の麓にある街に出た。 ここ周辺では大きな街というのはこの《ターミナル》と呼ばれる臨海都市だけだ。その名の通り海に面した場所に造られた街である為に見晴らしは良い。 視界一杯に広がるのは、遙か遠い地平線までもが見渡せる位大きな海と、海風よって鼻に送られてくる塩の香り。序でに海面が太陽の光を反射して輝いていると来たら、これ以上ない位の絶景だろう。 そのターミナルの絶景を拝もうと毎年、夏場の季節になるとこの街はとても華やかな賑わいを見せる。そのせいか、デートやプロポーズのスポットとしても世界的にかなり有名なのだ。 ターミナルの夜には街に灯るネオンとは別に毎晩海から数万発の花火が打ち上げられ漆黒の夜空を彩る。運命も一昨年からエルと一緒に見に来た事がある 生まれて始めて見た〝花火〟は実に綺麗の一言だった。虹やオーロラとは違う、人が作り出した美の極み。色とりどりの花火が夜空に一瞬の輝きを放っては儚く散る。  そんな花火を親子二人で見たあの日の記憶が、今でも運命の大事な宝物だ。八月三十日……今日が今年ターミナルで上がる最後の花火だ。
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