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午前0時。
学生食堂会館の薄暗い空間の中、二人の若い男女が抱きしめあい、唇と唇を重ねあっていた。一人は坊っちゃん刈りの可愛い男の子。背は低く服装も派手ではなくおとなしめ。
もう一人の女性。眼鏡をかけ、背中ほどある長い髪を両耳の上で縛っている可愛らしい少女。
たくさんのテーブルや椅子が広がる異質な空間で、一見おとなしそうな二人が熱い口づけをしている中、机を隔てた近くで、呆然とそれを見ている男がいた。
眼鏡の内側にある優しそうな瞳を震わせ、目からは大粒の涙を流す。
唇は固く閉ざし、そして体を震わせ、今にも気絶してしまうのではないかと思われるくらいに真っ青な表情の真野光一である。
なぜ彼は悲しみを前面に打ち出しているのか。
何故なら目の前で繰り広げられている二人は、大好きな女の子と、自分を馬鹿にする素振りを見せる男とのキスであったからだ。
(なんでだよ……なんで……千波ちゃん。君は自我が残っているんじゃなかったの? そんな簡単に他の男とキスをする女の子だったの? あんまりだよ!!)
その時だった。一瞬だが、大好きな女の子とキスをしている坊ちゃん刈りの男が目を開け、ニヤッとやらしい笑みを浮かべたように思えた。一瞬だったが光一に目を合わせ、”勝ったぞ、お前より先に、お前の好きな女の唇を手に入れたぞ”とでも言っているように思えた。
光一は目を背ける。
辛い光景を見たくないから。
これ以上見ていたら、憎き刈屋に思いっきり殴りかかってしまいそうだったから。
しかし我慢した。
先輩であり仮にも副部長である自分が、後輩に暴力で対応することが許せないから。
硬く握りしめた手の平に爪が強く刺さっている光景から、どんなに光一が辛い思いをしているのかが、よく分かる。
後ろを向き、その場を去ろうとしている光一。
その時だった。
ある異変が起きたのだ。
光一の耳に聞いたことのないようなものが聞こえてくる。
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