花見(後編)

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「えっ?」 涼子は思わず聞き返した。 すると太朗は何食わぬ顔で付け加えた。 「在原業平の和歌だよ。平安の歌人の えーっと、有名な所でいうと、伊勢物語の主人公」 「あっ、それ知ってます。高校生の時授業で伊勢物語 習ったような...」 涼子が少し難しそうな顔をして 一生懸命過去の記憶を辿ろうとしているのを見て 太朗はまた可笑しくなった。 「思い出すのに、結構時間が掛かってるみたいだな」 「そんなことないですよ!」 「まーいいや」 太朗はまた少し笑った。 「その和歌がどうかしたんですか?」 涼子が質問する。 和歌の意味を知りたかったし、何より太朗が なぜ今この和歌を言ったのか知りたかったからだ。 「この歌の意味、澤口は分かる?」 「...残念ですけど」 「やった。初めて勝った気分だなあ」 くくっと笑ってから また太朗が話を続ける。 涼子はなんだかそわそわしだしていた。 「世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし この世の中にもし桜というものが無かったとしたら、私の「春」の心は こんなにも激しいものにはならず、もっとゆったりと過ごせるのに という意味だよ。業平の中の春を詠った和歌だ。」 「へえ、店長和歌も造詣が深いんですね」 涼子は素直に感心した。 「まあ前に少し、な」 特に関心もなさそうにさらっと太朗が受け答える。 更に太朗が続けた。 「俺な、花見って嫌いだったんだよ。」
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