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「あれは何? 押し寄せる困難という名の濁流に立ち向かわんとする魚の群かしら」
「いいや。あれは、いかなる流れや圧迫にも怯まない、ただの石さ」
──彼とは、そんな話をした気がする。
とても適当に、かつなんの思い入れもなく交わした言葉だったので、本当にそんな話をしたのかどうかも定かではない。
雨が降っていて、車の窓ガラスがビショビショに濡れていた。普段なら、橙色の夕日が景色を染める時間帯なのに、雨天のためか、辺りは白っぽい灰色だった。うっすらと霧が出ていて、周囲は大まかな色の違いがわかる程度だった。
私たちは、なんの特徴もない橋の上に車を止め、川を眺めていた。雨のせいで水量が増した川は、普段のちんけな流れが嘘のように、ゴウゴウと音を立てて流れていく。
川の中ほどに、なにやら水がぼこりと盛り上がった部分があって、こんな荒波のなか、上流を目指す魚がいるのかと思った。だけどそれは、ただの石だった。流れの速い水のせいで覆い隠されているだけで、雨が引けば、そこにあるのは苔にまみれた、ただの石ころなのだろう。
「ねえ」
雨音しかない車内で、私は言った。
「それで、どうするの?」
彼が、笑う気配がする。
「どうとでも。君の好きなように」
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