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やる気のなさがあまりにも露呈していて、かえって私は落ち着いた。そんなものだろうな、と嘆息する。
彼はナンパ男だった。私がセンシティブに橋の袂(たもと)で雨に打たれていると、ふいに後方に黒い車が止まった。不審に思って振り返ると、見たことのない男が窓ガラス越しにこちらを見ていた。
車の窓を軽く叩いて、彼は私に微笑んだ。親指でちょいと助手席を指差す。想像以上にスマートに現れるものだと、少し面食らった。
「やあ。こんな所でたそがれてないで、僕と遊ばない?」
促されるまま車に乗り込んだ私に、男はにこやかに言った。ちゃらけた言葉とは裏腹に、口調はいやに空虚だった。断られようが受け入れられようがどっちでも構わない、というように。
おそらく、私に逃げ道などないのだ。ここでこの男に声をかけられるのは必然で、そして私が彼の誘いに乗るのも必然。だからこそ、彼はこんなにもクールなのだろう。私が、決して断らないとわかっているから、だから儀礼的に言葉を紡いだに過ぎないのだろう。
「『好きなように』と言われても、私いま頭に浮かんでいること、ひとつしかないんだけど」
「それでいいんだよ。それが君の望みで、そして正解だ」
「なんだか自分がひどく卑しい人間に思えるわ。みんなそうなの?」
「みんな、そうさ。基本的に、人間が最後に行き着くものなんて欲望一辺倒だ」
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