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チュッと、男は小鳥が啄むようなキスをした。
「これは“最後”じゃない。“始まり”なんだよ。君たちは死してなお終われない。終われないんだよ。そして、終われないということは、この世にある罰のうちでおそらく最も凄惨だ。地獄というものを知ってるだろう? 言わばそういうものさ。自ら命を絶った人間に、そんな甘い仕打ちは待っていないのさ。だから、そんな人たちに『これからも頑張ってね』って意味を込めて、餞別を送るんだよ」
私の服の中に手を入れ、首筋に戯れるようなキスをする彼の台詞に、私は脳が真っ白になるような錯覚をした。“絶望”という言葉ではあまりにぬるい、それ。グラグラと揺れる頭を押さえつけるように、彼は私をハンドルに縫い付けた。反動でクラクションがビーッと鳴って、耳が痛かった。
ちらりと、視線を移す。橋の下には川が流れていて、一人の女がその中を泳いでいた。よく見知った女。でも、柘榴(ざくろ)のように頭が割れ、手足がひしゃげたそれは、もはや生前の姿ではなかった。
逆流に立ち向かう魚のように、いかなる流れや圧迫にも怯まない石のように、生きればよかったというのだろうか。
──くだらないこと。全ては後の祭で、消えた祭囃しはもう聞こえないし、命という名の篝火(かがりび)は永遠に灯らない。あと私に残っているものと言えば、死神とのセックスと、この灰色の地獄だけ。
E N D.
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