夏の木

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とにもかくにも奇妙な話をしよう。 僕は至って普通の人間だったのだ。いや、今でも普通の人間のつもりではあるし、外見的特長かすればどうかんがえても普通だと自負している。 しかし現実と世間と、友人は居た例は無いが、前者二つにおいては僕を迫害する気が十二分だという。 高校二年のとき、僕はある事件を起こした。 誰の目に触れることも無く、誰が知るわけでもなく、誰かがそれを賛美するわけでもなく、誰かがそれを罵ることも無い。 そんな誰にも迷惑を掛けないような些細な僕の人生を揺るがす大事件。 結果、僕は留年した。 今でも思い出したくないような出来事のオンパレードは流石の僕も苦笑いを浮かべながら、中指を立てて全力で放送禁止用語を唱えるだろう。 そんな出来事。 今となっては思い出でもあり足枷でもある記憶と体験ではあるけれど、そのおかげで僕のこの性格には磨きがかかったと言えよう。 個性を伸ばすのは良いことだというのは、小学校のときに『もうヤダこの子。可愛くないモン』と可愛らしく言っていた桜田先生から教わった。 教育実習生だった桜田先生は、自己紹介のときにその名前の通り桜が好きだと言っていたので桜の木から枝を拝借し、プレゼントしてあげたものだ。 4月も過ぎて五月の初期にギリギリ残っているのを見つけた僕からの可愛らしいプレゼントはひどく気に入ったらしく、しばらくの間はその桜の話題で盛り上がったものだ。 笑顔の素敵な先生だった。桜の名前を継いでるだけあって、化粧っ気はなかったが化粧など無くても薄く紅を塗ったような唇を貪っていた保健の先生には嫉妬すら覚えた。 いやはや、あの時は大変だった。 指先をカッターで怪我してしまい、保健委員ですら着いてこないくらいに嫌われていた僕は仕方なく一人で保健室へ向かったのだ。 そしたらベットの上で必死に抵抗する桜田先生と、猿の顔を数倍醜くしたような保健の先生がいて思わず言葉を失って立ち尽くしてしまったよ。 唇を奪われていたし、恋人かと思って当時覚えてもいない口笛でフゥーフゥーと空気の音を響かせていたら、初めてピューと綺麗な音色が鳴ったのは嬉しくて仕方なかったなぁ。 まぁ、今考えれば素晴らしい発想だったと自分を褒めちぎりたくなる。
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