救済地獄

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 死後の概念。魂の到達点。救済。我々十王の審判で人間の魂は死後の方向性が採択される。その中でも没義道たる非道者は八熱地獄を巡り廻り、熾烈で惨憺たる凄惨な責め苦を恒久とも変わらぬ時間、苦境するのだ。 熱く焼けた鉄の地面に伏し倒し、同じく熱く焼けた縄で体に黒縄を打ち、鉄の斧でその跡に沿って切り裂き、削る。相対する鉄の山に圧殺されるのは、とば口だ。剣木、刀山、極熱に焼かれる苦しみが絶え間なく続き、舌を抜き出されては釘を百本打ち付けられる。そして、輪廻転生。  しかしながら、我々も頓に罪人を地獄送りにはしないのである。改善の余地があらば、罪状を浄化し楽土へ送ることも可能なのだ。その、一時的な考課の場所として留置する処が、煉獄である。  煉獄、即ち人間界。その現世に朧げな姿―――妖怪として顕現させ、贖罪達成を本義とさせる。形質は多元的で、己が姿に合った方法を熟慮して、善行を積む。そして、罪科を自浄した暁には魂の救済が約束され、成仏するのだ。 だが、元々の性質が畜生の餓鬼ばかりであるが故に、煉獄から楽土へ浄化出来るのは殆ど稀である。それどころか、虚ろであるとは云え仮身を手に入れた事を良いことに、猶々悪行を重ねる存在も溢れているのだ。  酒呑童子、玉藻前、崇徳天皇などは、業が強く、多大な悪行を行った妖怪として、大層有名ではなかろうか。  さて、ここで一つ。最近、煉獄で悔い改める心を持ち始めた妖怪がいた。それは、逢火やいけぼと称されよう事が暫しある、鬼火となった男の話だ。生前の名は行徳と言い、残虐非道が服を着て歩いているが如き男であった。詰まる所、改心の一例、その紹介談として代々の記録長に書き記している訳であり、後継者の役に立つことを願っているのは、改めて表記することも無かろうかと思われる。故に、行徳の視点を借りて、この記録帳を埋めていく所存だ。 ―――記述者、閻魔大王。
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