救済地獄

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 緋色の幔幕。真鍮で絢爛に装飾された荘厳たる玉案。傍近を固める、厳めしい形相をした官人。そして、中央に悠然と着座する見目麗しい佳人。檜扇を片手に、口元をその美麗な中啓で覆いながら目の前の見窄らしい男を睥睨している。100代目閻魔大王は、端正な蛾尾を眉間に寄せ、男の畢生を精察していた。  閻魔大王の目前に鎮座する水晶。そこから次々に浮かび上がる男の悪行。子供を殺し、女を犯し、老輩を引きずり回す。略奪、殺人、強姦……ありとあらゆる背信行為を重ね続けた男、行徳は、とうとう恨みを持っていた少年に殺害されて黄泉に逢着。そして今まさに、死地の逝く先を審判されている最中なのだ。 悪鬼の如き、畜生の所業を憮然と眺めている閻魔大王。少年に殺された映像を最後に、水晶玉は沈黙した。 「ふむ、これが汝の卑陋たる一生か……まったく見るに堪えん内容であるよのう」  何かを吟味するように瞑っていた眼を見開き、光を刺さない冷やかな眼差しを行徳に向ける。 「キヒヒ、左様でやんすか」  その視線に辟易することもなく、下卑な笑い声と共に閻魔大王を舐め回すよう視姦する行徳。舌舐めずりをしながら、一層下劣な笑い声が深まった。 「キヒ、いやぁしかし閻魔大王さまがこんなに別嬪だったとはぁ、さすがのあっしも想像つきやせんでしたよ。いやぁ~本当に、うまそうだぁ……ヒヒ」 「ふう……死地に行き着いても本質が変わるわけではない……か。汝のような輩が来る度に、魂の業の深さと云うものがよく解る。反面教師とは人間も中々に考えおる」  閻魔は檜扇を緩慢に閉じ、引き出しから一枚の書類を取り出す。そこへ判子を押すと紙を人差し指で弾いて、行徳の目の前に落下させた。 「……?これは?」 「汝の処遇だ」 「へぃ……まぁ、どうせ地獄でしょうに……って、れん……ごぉくゥ?」  初めて見る外来語を発音するかのように、書類を読み上る行徳。書類を読み進めると、鬼火やら人間界やら様々なことが記載されていた。 「汝は今から、煉獄……換言するならば人間界へ鬼火という妖怪として顕現してもらう。そこで罪科を浄化したならば、救いの道もありようぞ」 「……キヒヒ、それはそれはありがてぇこって」
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