救済地獄

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「鬼火と云う形体は、梅雨の時期に出現しやすくなる。それを生かして善行を積むことだな。まぁしかし、鬼火の状態は如何せん勝手が悪い。悪さもし辛いだろうが、良い行いも遣り辛かろう。精々、頭を捻り絞ることだのう、なぁ?悪党」 「ヒヒ、仰る通りでっさぁ。人様に恨みを買ってこれまで生き残れたのも悪党ゆえ。あっしはあっしらしく、小悪党を演じてらぁ」  後頭部を撫でながら、相変わらずの癇に障る笑い声を外聞なく発てる。心の奥底では、更に醜悪な笑みを浮かべているのだろう。 「まさか、救済措置をくれるとは、地獄の懐の広さには恐れ入らぁ!さすが、悪党を受け入れるだけ、ありやがる。そして、人間界!こりゃあ、楽しく善行を積まなきゃバチが当たりゃぁ」 「良い心掛けじゃ。くれぐれも“自分だけの善行”を積むではないぞ?」 「へへ、“勿論”でっさぁ」 「なれば……早う行って来い」  そう呟き、閻魔は檜扇横に一閃。一振りで出現した竜巻が行徳を呑み込んで、下方へ落下していった。 ***************  ある村で、一つの怪談が村中を風靡した。雨が飽かずに降り続く梅雨の季節。雨雲が空を覆う、薄暗い日。そんな靉靆な日に茫々と燃える蒼白の鬼火が人々を驚かせにやってくる……と。妖怪を信じる者が少なくなってきた昨今で、荒唐無稽に感じる事柄を一笑に付す事が出来ないのは、人間の弱い部分の一つであろう。そして何よりも、余りにその鬼火を目撃した人物が多かったのが、恐怖心や噂の蔓延に拍車をかけた理由である事はまず間違いない。  鬼火―――煉獄行きを言い渡された行徳は、足場のぬかるんでいる山中で、突然に現れては歩行者を驚かせる。そして、吃驚した歩行者は泥濘に足を滑らせて地面に体を強く打ち付けてしまう。その姿をゲラゲラ笑っては次の標的を探す毎日だ。  善行を積む……それとは大きく掛離れた所業を何遍も何遍も繰り返す。不自由な形質に不満を抱かずにはいられないが、地獄で、責め苦に苛まれるよりは幾億もマシであろうと、悪知恵を働かせて暇つぶしの方法を考える。  しかし行徳は、己の噂が村中に広まっていることが生前、悪名の轟と似通っていたことに何故か良い気持ちがしなかった。
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