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「君は何をそんなに叫んでいるの?人が一人救済されたのだから喜ぶべきでしょう」
「救済……?」
「そう、救済。こんなに大変な煉獄に居着いても苦しいだけ。生憎、あの少女は罪科も何も無かったから、また煉獄に戻ってくることはないだろうしね」
三日月の形から変容しない口元を行徳は半眼で眺めながら嘆息する。
「へん、苦しい場所から幸せしかない天国に送ってあげた僕はお優しいってことかい。あんさん、本当に狂ってるねぇ」
「なんでだい?」
「なんでってそりゃぁ……感情の起伏っつーんですかねぇ?苦しい事があるから楽しいことも感じるってんじゃねぇですかい?だから、人様は我慢して快楽を仰するんでさぁ。まぁ、その苦しいことから逃げるとあっしみたいなロクデナシになるんですけどねぇヒヒヒ」
「ふぅ。君は何も解っていないね。それだと、救われない人が出てくるじゃないか」
法師は被り笠を取ると、顔の半分を包帯で蓋っている輪郭が明瞭になる。雨雲を見上げ、相も変わらぬ様相で破顔していた。
「僕はこの世界の人々を救いたいんだ。勿論、君も例外じゃない。どんな畜生でも狼藉者でも人非人でも、僕は余すことなく人間を、全ての魂を愛してるからね」
「…………っつ!?」
それは、行徳にとって初めての言葉であった。己の好きなように生き、己の気の向くままに生き、そして全ての人間に忌み嫌われ死んで行った。無論、自業自得の当然たる帰結であり、己の下種な生き様に後悔の念を抱いている事など微塵もない。しかし唯一、人間の愛を経験していなかった行徳にとって法師の言葉は、盲目の少年が初めて視覚した、幻想的な状景の如き鮮烈さを放っていたのである。
そして、今一度経験した事のない、胸から湧き上がる感情に混乱していた。
「お前さんは……あっしを……愛する……てぇのかい……?」
「勿論」
「鬼畜の所業を……笑いながらこなしていたあっしに……救いを与えるってのかい?」
「無論」
「人を、誰も救わなかったあっしを、あんさんは救うってぇの……かい?」
「当然」
「じゃあ、今から下界に降りてあんさんと全ての人間を殺すって言っても……それを認めるっていうのかい?」
「うん。それが救済であり、君への愛の証明だからね」
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