紫陽花の女

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調度三日前の霧雨の日でした。この日は人の熱気や湿気で殊更じめじめしていました。 昔から蝸牛の市は好きではありません。 商人たちの不衛生な恰好やどうみてもがらくたにしか見えない売り物。こどもたちは冷やし飴や生姜糖をねだり女たちは競って華やかな傘を差しキャッキャと簪や櫛を品定めしています。 私はどうもこのような人の集まるところが苦手です。加えて人々の熱気や汗の臭いがべたべたと体や鼻に纏わり付き不快感を覚えます。 それでも私が足を運ぶのは、「あじさい座」に行くためです。蝸牛の市の喧騒を抜けると紫陽花の花のようにこんもりした幌があります。私は裏へにある小さな幌に向かいました。 私はこともあろうか花形女優の楽屋に忍び込もうとしているのです。友人たちとの賭けに負け、女優の持ち物を盗ってくるという約束を取り付けられたのです。
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