序章

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「入るときはノックくらいしたらどうだ?クリス」 机に向かっていた私は、背後に気配を感じ、背を向けたまま声をかけた。 「主賓が宴席から脱け出して何をしてらっしゃるんです?」 私の言ったことなど気にもせず、来訪者は自分の言いたいことを言う。 クリスはこの屋敷のメイド達の責任者だ。 いわゆるところのメイド長で、フルネームは『クリスティーナ=チェイサー』という。 クリスティーナは本名なのだが、『チェイサー(追跡者)』というのは前の主人が嫌味で付けた愛称なのだとか。 確かに屋敷内なら何処へ居ても直ぐに見つけられてしまうし、的を射ていると思わないでもない。 「主賓ならギンがいるじゃないか、不満なのか?ギンが聴いたら泣くぞ?」 クリスの方へ向き直りながら、いやらしく-ニヤリ-と笑い、問いかける。 「その様な顔をされては、可愛いお顔が台無しですよ?それから、ギン様はお嬢様が居なくて泣いておいでです」 ギンというのは私の幼なじみにして仕事上の相棒、『白狼銀子(はくろう かなこ)』が本名なのだが、私の愛称が『カナ』なので区別するため音読みで『ギンコ』ないし『ギン』と呼んでいる。 彼女は大柄な割りにアルコールが入ると泣き上戸になるので、そのギャップが愛らしいのだ。 「ヨウはいつも通り?」 「いつも通りです」 ヨウの説明は後ほど。 「それじゃあ、ギンの可愛い泣き顔でも眺めに行くとしようか」 立ち上がり、開いていたノートを閉じると、私はクリスを伴い部屋を後にした。
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