第一章 ―出逢い―

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「それじゃあ…母さんが 待っていますから。」 ペコンと 頭を下げると 海は 駆けて行った。 夕霧は 陸の墓を悲しく 見つめた。 『本当に…幸せだと 思っているのか?』 心で問い掛け 夕霧は 肩を震わせる。 「人の死が 辛いものだとは…思っても いなかった。」 今まで 何人もの 死を見てきた。 だが 一度でも 悲しいとか 辛いといった思いなどしたことは なかった。 「これが…人としての 心というものか?」 グッと 胸を押さえ 片膝をつくと 夕霧は 声を殺し 涙を流した。 『何故 思い出させる…!人間として 生きていくことを捨てたというのに…。今になって 何故 思い出させるのだ!』 張り裂けそうな 胸の痛みに 拳で大地を強く打つ夕霧。 多分 陸と 初めて出会った時から 感じていた。 とうの昔に捨てたはずの 人情を 再び 持つことが出来る…と。 だが それは 忍びにとっては 不要のこと。 フラリと 立ち上がると 夕霧は 片手で 涙を拭う。 「もう二度と ここへは来ぬ。…でなければ 俺も 忍びとして 生きていく 自信が…無い。」 呟き クルリと 背を向けると 夕霧は 静かに そこを去って行った。 蒸し暑い 夏の日であった。 第一章 ―出逢い― <完>
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