初めて物語

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一度、キスしたとは言っても。 碧君の見た夢に誘発されて、言わばノリみたいな感じで軽く唇の皮膚が重なり合っただけの話で。 動転していた俺の頭にはあまりそれっていう記憶が残ってない(倒れちゃったし)。 あれが、俺と碧君のファーストキス、てことでいいのかな。 なんか、記念って感じがしないんだよね。 もっと、なんかこう。 忘れられないような。 思い出すのも切なくて、俺と碧君だから出来る想い出、ていうのがあっても。 ていうか、そういうのがあっていいと思うんだ。 「さっきからなに難しい顔してんの、緋くん」 「あ…、碧君、終わったの?」 新しい曲の歌を入れる。 彼は、その一番初めで。 「うん。終わってからも、しばらくスタジオで休憩してた。すぐに皆も来るよ」 橙乃も翠羽くんも菫も。 皆、ここには居なくて。 楽屋には、二人きり。 「あの、碧君」 前にキスをしたあの時。 俺、やっぱりなんだか違う気がして。 ちゃんと、貴方と触れ合いたい、て思ってるんだけど。 「なに?」 切れ長で、黒曜石のような瞳が輝いていて。 貴方にこんな事を言うのすら、罪の気がするけれども。 「今日、夜…一緒に居れないかな」 「今夜?」 ……そんな。 変な意味はないよ? 「駄目、かな?」 碧君は少し、なにか驚いたように視線を揺らせて。 いいよ、て、小さく頷いた。 「……じゃ、今夜あけとくな」 そんな構えなくても、大丈夫。 一緒に。 ほんと、ただ一緒にすごしたいだけだから。 「じゃ、終わったら迎えに行くね」 …………たぶん。
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