初めて物語

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……しまった。 電気、消し忘れてた。 枕元にある小さな電灯が今は、やけに眩しく感じる。 仄かな暖色の明かりに包まれた部屋の中は、幻想的で。 ぼんやり見える碧君の表情を、いやでもエロティックなものに魅せる。 ちくしょう、真っ暗闇にすればよかったんだよ。 それなら、こんなに。 隣に居る、俺を見つめる瞳がこんなに胸を波立たせるものだなんて。想わずにすんだんだ。 「お、俺…」 また、喉がつかえて声がかすれた。 「うん」 「あの、…えと」 うう、…やっぱり言えないよ! こんなに近くに居る彼に、貴方とキスがしたいんだ、なんて。 今や心臓は暴れ太鼓みたいになっちゃってるし。 乱れ打ちだよ!ヤバいくらい、息も苦しくなってきた。 「か、かか、覚悟、ていうのは…」 「覚悟してきた」 「あ、うん、そ、それはさっき聞いたんだけど」 何の覚悟か、ていうのが今一番最大の関心事で。 その答えによっては、俺の今からの行動も変わってくる、てことになるでしょ? 要は彼次第、てことで。 …いいんだ。臆病者で。 ああ、そうさ、どうせ俺は小心者だよ! 「じゃ、何がききたいの」 相変わらず潤みっぱなしの瞳が、怒るでもなく。でも真剣な輝きを宿して真っ直ぐに見る。 「覚悟の、内容…」 「覚悟の内容?」 「う、うん」 碧君の考えてる事柄と俺の下心が一致してなければ、俺たぶん立ち直れないほどの傷を作る事になると思うんだよ。 それはあまりにもさぁ、ちょっと冒険すぎるし。 だから、その辺りを確実なものにしたくて更に碧君に質問をしようと口を開きかけた。 「緋くん」 「あ、はい」 ……あれ? なんか、碧君の唇がつまらなさそうに尖ってる。 「…もっと」 もっと…? 「積極的になってよ」 ここまで来て、て。溜め息混じりに碧君は仰向いた。 「碧君…」 「じゃ、寝るか。…ほんとに、言葉通りにさ」 また、ふぅ、て。 溜め息吐いて彼は俺に背中を向けた。 おやすみ、緋くん。 壁向いて、呟いて。 それきり、部屋の中は静かになってしまった。 ……。 急に。なぜ? あ。 駄目だ。俺、なんか泣きそうだ。 じんわり瞼が靄がかって碧君の背中が見えにくい。 いつ、失敗した? なにやらかしたんだろう、俺。
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