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「…では、ごゆっくり、おくつろぎください。失礼いたしました。」
係の人が、案内してくれた部屋は、シンプルさの中にも、落ち着いた雰囲気の上品な部屋だった。
見るからに、高そうな感じの家具が、置かれている。
「…和樹…私達、本当に、この部屋、使っていいのかな…。」
「いいに決まってるだろ。…わざわざ、速水さんが、僕らに、譲ってくれたんだよ。」
「…でも、私達には、贅沢すぎるよ…。」
「郁美!…今更、何言ってんだよ!」
「だって…。」
「…いい、よく聞いて。
速水さんなら、ここのもっと、上のランクの部屋だって泊まれるんだよ。
なんで、速水さんが、この部屋を、予約したと思ってるの?
この部屋はね、去年の今日、速水さんが、千秋さんに、プロポーズした場所なんだよ。
二人が、結婚の約束をした場所なんだよ。
そんな、大切な思い出の場所を、思い出の日に、僕らに譲った意味、考えてよ!」
「………。」
「大事にしようよ、今、僕らに、与えてもらった時間を…ね、郁美。」
「ごめんなさい…。私ったら…、何にも考えてなかった…。」
泣きそうな顔で、僕に謝ろうとする郁美の両手を、ギュッと握って、
「郁美!泣かない!…今日は、楽しい思い出を、作らなきゃ、意味ないんだよ!…だから、泣かないの!」
「うん…。和樹…。泣かないよ…。」
ちょっと、ぎこちないけど、郁美は、笑ってくれた。
「よし!…荷物置いて、食事に行こう。
お腹すいてたら、いいこと思いつかないよ。
レストランは、最上階だって、速水さん、言ってた。行こう!」
パタン…
部屋には、二人の荷物だけが、残されていた。
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