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……それにしてもこの女の人、さっきから私の前を歩いているはずなのに存在感がほとんど無い。
それはあの顔立ちからも滲み出ていたように思える。
生気を感じられないと言ってもいいかもしれない。
こんな幸の薄い人が、この立派な会社に勤めているということがどうにも不思議でならない。
……存在感……そういえば、さっき感じた違和感……。
私は、ふとエントランスで感じた違和感を思い出した。
清潔感溢れる白い壁で、天井に張ってある磨き上げられたガラス、そこから漏れる淡い光、しかし寂としている空間……
……そうだ。
あそこには、人が一人もいなかった……?
こんな大きな会社なのに、あのエントランスには人の気配がまったく感じられなかった。人の気配だけではない、物音一つすらなかった……気がする。
まあ、いまさらどうこう考えたところでしょうがない。私の気のせいかもしれないし……。
「こちらが面接会場でございます……」
ふと、彼女は立ち止まって静かに言った。
彼女の細く白い手は、ある扉へ差し出されていた。
どうやらこの扉の向こうが面接会場らしい。
待合室も無しに面接場所へダイレクトで案内されたということは、受けるのは私だけ?
いやいや、有り得ないでしょ。
「……あの、待合室は……って、あれ?」
私が彼女の方を向いた時、彼女の姿は消えていた。
360度回転してもどこにもその姿は見えなかった。
さっきまでそこにいたのに……、どこかに"居なくなって"しまった。
いや、"居なくなった"じゃない。"消えた"の方が合致する。
……まあ、いいや。ともかく面接を受けられるなら。
私は、扉の前に立った。
心臓が静かに脈打つのが聞こえる。
いよいよだ。そう思うと手の震えが止まらない。
絶対見返してやる。周りの人を、家族を……。
手の震えをその感情で抑えこむと、私は扉に手の甲を二回打ち付けた。
コンコンと、乾いた音が鳴ると反響するように「どうぞ」という男の声が聞こえた。
「失礼します」
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