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『おれ』に呼び出された『おまえ』は、教室に向かって廊下を歩いていた。
放課後のこの時間、南舎にはほとんど人がいない。日はまだ高い。
文化部の部室は北舎にあるし、周辺にはファミレスやらゲーセンやらがあり、わざわざ学校に残ってお喋りする物好きなんてそうそういない。
実のところ、『おまえ』も時間になるまで外をぶらついていた。
コツコツと自分の靴音が響くのに気づいた『おまえ』は、リノリウムの床を静かに踏むようにした。
この、人がいない校舎の本来の音を聞きたいと思ったのだ。
外からの運動部の声、風の音。微かに、ジジ……という蛍光灯の音も聞こえる。校舎内の音はそのくらいだ。
――誰もいないんだから、廊下の電気ぐらい消しとけばいいのに。
それにしても、と『おまえ』は思う。
――それにしても、教室から何も聞こえないなんて、おかしいな。
『おれ』というのは、落ち着きのない男だ。何も考えてないような、脊髄反射のみで生きている男だと、『おまえ』はこれまでの付き合いの中で悟っている。
それがどうして、教室で息を潜めているのだろうか。
そもそも自分がなぜ呼び出されたのか、『おまえ』は皆目見当もつかない。
『おれ』を黙らせるほどシリアスな独白なのか、眠らせるほど陳腐な話題なのか。
できれば後者がいいな、とほくそ笑みながら教室のドアを開け、窓に目を向ける『おれ』の背中に呼び掛けて、この物語は始まる。
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