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そんなこの地に大事件が起こったのは一年前の話である。
領民は少なからず、風の噂が都にまで届いていたのかと誇らしく思っていた。
しかし、少しでも知識のある民は、それが万が一の反乱を防ぐための体のいい人質でしかないことを理解していた。
そして、佐久はただ一人の姉を都に奪われる悲しみと、容易には会えないその距離に涙を流すことしかできなかったのであった。
その都からの使いが再び来たのが、数日前の話である。
宣旨を携えた使者は、その無慈悲な命令を告げるのであった。
曰く、大山津の一の姫、阿沙は流行の病により命を落とし、そのために二の姫、佐久を采女として大王に仕えさせよ。
佐久は、屋敷の裏手にある竹林に佇んでいた。幼い頃から、駆け回った地である。
風が笹の葉をそよがせた。佐久の柔らかな黒髪も、共に揺らぐ。柔らかな土いきれの匂い。どこからか、水の流れる涼やかな音が響く。
葉をかいくぐった日の光が、地面に静かに降り注いでいた。
佐久はいつもこの地に一人でいたわけではなかった。
一人で駆け回っていたわけでもない、遊んでいたわけでもない。
阿沙と共に居たのだ。
一緒に遊び、のどが渇いては、清流の水を飲んだ。母さまに怒られたときには、二人で泣いた。
山で迷子になったときは、阿沙が佐久の手を引いてくれた。
しかし、今ここにたった一人の姉はいない。
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