1 可能性

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「ああ! だからこそ俺らはこんな風に家に閉じこもっていなきゃならない! これ以上聞きたいことがないなら、帰れ!」  怒鳴り声に叩き出される形で、青年はまた砂塵の吹き荒れる大通りに立っていた。慌てて布を被り直したせいか、髪が一房零れ落ちている。 「横暴な爺さんだったろ」  声に後ろを振り返れば、青年より頭一つ分は背が低い、小太りの男が立っていた。やはり砂よけか、頭からフードを被ってマントをしっかり着込んでいる。更にマスクで目から下を覆っているためか、目だけが強調されて見えていた。三白眼のぎょろりとした上目遣いで青年を見つめる。 「どちらさま?」  突然後ろに立たれ、声をかけられたことなど、青年は気にもしない。 「いや、あんたが酒場に入っていくところを見てね。こんなところではなんだから、うちに来ないかい?」  何せ暴風の中会話しているのである。青年もさすがに辟易したらしく、一も二もなく頷いた。  男の家は、町の中心部に固まって連立されている、集合住宅のうち一階の一室だった。年季の入って薄汚れた扉の向こうでは、所狭しと物が積まれていて、埃っぽい上に歩くべき通路もない。  仕方なく物を跨ぎ、時には足で物を押しのけて、どうしようもないときは本を踏みつけながら進んだ。  マントを脱いだ男は、いかにも狡そうな小男だった。刈りあげた頭には所々白髪が混じり、黒く日焼けした丸顔には至る所に傷が走っている。外では雑音にかき消されてて分からなかったが、声が猫撫で声で気持ちが悪い。  男は一番奥にあるくすんだ緑色のソファに一人くつろいだ様子で座ると、青年にはそこら辺に座ってくれと、辺りに積まれている本を指差した。  青年は周りを見渡して、逡巡してから、すぐ横に積まれていた本の上に薄く積もった埃を払い、座った。
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