これはこれで悪くはないのだろう。

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「稲越(いなこし)さん、今夜食事でもどうですか?」  領収書をひらひらと遊ばせながら、いかにも軽薄そうな男が口にした。経理課の入り口正面、大人が二人寝そべったほど幅のあるカウンターに肘を立てにこにこと微笑む。  その微笑の先、年の頃は四十に届こうかという女性が視線だけを向けて応える。 「遠慮しておくわ。それは?」  左手の薬指に光る物も無く、企業の経理課のデスクに座っている事を鑑みれば年齢の割りに独身であろう稲越と呼ばれた女性。  二人ほど年齢差があり、まして男は端整な顔立ちで愛想も良い。食事になど誘われたら小躍りしたくなる状況に見える。周囲にいる妙齢の女性達の羨む視線がその印象を助長させる。 「接待費ですよ。今日がダメなら明日とかどうです? あ、それと早路(さち)さんって呼んでいいですか?」 「明日でも明後日でも行きません。馴れ馴れしく名前で呼ばないで。領収書の受理も出来ません。高田君、入社二年目で接待費の領収書が落ちるほど甘くないわよ。どうしてもって言うなら上司を通してちょうだい」  お世辞にも女性としての魅力があるとは言いがたい容姿の稲越は、口元をややへの字に歪めて冷たくあしらう。  対して困った表情を浮かべ頭を掻く高田。稲越の言う通り、経理課としては交通費ならまだしも接待費の領収書を易々と受け取るわけにはいかない。それも、高田の持っているのは二ヶ月も前の飲食店の物だった。
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