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感覚に躯が付いていかないのではなく、躯に感覚が付いていかなかった。反応や力が優れすぎて加減が効かないのである。例えるなら、サンデードライバーがF1のマシンを運転する様なものだ。
〈肝心な時に抑えが効かんとは情けない……鬼人での稽古を増やすか…〉
普段の仕事中は、人と鬼人の中間の状態で動いているが、今回は生死を賭けた戦いが続き、『鬼』が高揚しており抑制しきれない為に、意識ある暴走状態となっていた。力や早さは脅威だが、精密な動作や加減が出来ず、楔斎に付け入る隙を与えていた。
紙一重で打撃を躱され、こめかみや喉などの急所に容赦なく打ち込まれる。甲身も不完全であり、確実にダメージは蓄積していた。
だが天慈を痛め付ける楔斎も疲労が蓄積していた。当たれば致死の一撃を躱し続ける為に神経を磨耗し、また甲身に因る耐久性は、楔斎の拳足を確実に破壊していた。正に鋼の甲冑を殴り続ける愚行。
〈くっ…打撃では厳しい…絞め落としますか。血流はどうにもならない筈〉
楔斎は即決した。迫り来る天慈の左の拳打を避けつつ背後へ回り込み、右腕で頸動脈を圧迫する為に天慈の首に巻き付け、同時に鬼の頭に添えた自身の左腕を掴み力を込める。
「ヌゥオオオォォッ!」
万力の如く絞め上げる。が、天慈は笑みを浮かべていた。
「ようやっと…掴まえた」
常人なら間違いなく終わっていただろうが、相手は鬼人である。楔斎は己の判断が誤りであった事に気が付いたが…遅かった。
天慈が絡んだ楔斎の両腕を掴むと同時に強く握ると、小屋中に鈍い音が鳴った。
「…グオォッ!」
楔斎は苦悶の表情を浮かべて呻く。
「これで腕は使えまい」
束縛を解き、天慈は背後にいる楔斎の頭を両手で掴み、そして背負い投げ、楔斎は床に叩き付けられた。更に天慈は右手で楔斎の首――喉ではなく頸椎辺り――を掴み持ち上げる。
「終わりだ、楔斎!」
右足を軸に躯を左回りに捻りながら、左足を右足からより離し前屈立ちの状態になり、同時に遠心力を使いながら掴んだ首を床に叩き付けた。
楔斎は顎と喉、及び胴体を床に打たれ、同時に頸椎を掴まれながらの手刀を受け、力尽きた。
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