第一章

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目を瞬くと、頬を流れる雫に手が濡れた。 ―――泣いていたというのか? この我が、 このような…… このようなことで、 泣いていたというのか……? 「毛利……」 「っ……」 「……毛利」 「っ……く」 鬼が名を呼ぶ度、両の瞳から涙が零れ落ちていく。 ―――解らない。判らない。 なぜ、涙が零れるのか。 名を呼ばれても不快ではない。 寧ろ…… 嬉しい、と思ってしまうのだ。 知るのが怖くて、我は己の思考を停止させた。 これ以上考えてしまえば、恐らく…… 我が我で、 なくなってしまうような気がするから。 「帰れ」 「え」 「帰れと申しておるのが判らぬのか、馬鹿が」 「も」「即刻立ち去れ」 鬼が言おうとした言葉を遮り、我は冷たく一瞥した。 さらに追い打ちを掛ける。 「早くこの場から立ち去るがよい。我に、切り刻まれたくなかったらな」 「毛利……話聞けよ」 「フン。貴様の戯言など、我には不要。聞く義理もないわ」 そこまで言うと、くるりと背を向けて逆方向へと歩く。 「待てよ毛利! 何で何も聞いてくれねえんだ!!」 無視する。 早くここを離れなければ。 「毛利!! おい、聞こえてんだろ!!」 無視する。 離れなければ。離れなければ! 「〰〰っ……何でッ!!」 急に声を張り上げた。 「何で頼ってくれねえんだって言ってんだろうが!!!」 「!」 ぴたりと足が止まる。 ―――しまった。 もう逃げられない。 鬼はもう目と鼻の先だ。 「アンタはいつもいつもいつもいつもッッ!!」 「!? はっ離せ!!」 鬼に腕を捕まれ、一気に引き寄せられる。 「っ長曾我部! 離せと申してお」「うるせえッッ!!」 「っ」 鬼は声を荒げ、引き寄せる腕に更に力を込めた。 「頼ってくれよ……頼むから……俺を……俺のこと、頼れよ……何で全部抱え込んじまうんだよ? 何でもっと、他人に頼らねえんだよ?  お前にもいるはずだろ?  お前についてきてくれる仲間が、いるだろ?  ……なあ?」 今にも泣きそうな声で、鬼は我に問いかけてくる。 とても鬼には見えない、 酷く、幼い…… 縋るような…… 子供のような声。
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