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「まあ、立ったまんまもアレだから」 亜由が座っていた椅子を引いて、香澄に勧めた。 香澄が腰を下ろすと同時に、校庭からカンと小気味よい音がした。 野球部の誰かが、ボールを打ち返したのだろう。 打ち上がる球が見えるかと窓へ目をやってから、教室の窓が磨り硝子であることを思い出した。 つられて窓の外を見ていた香澄と目が合った。 私が苦笑いを浮かべると、香澄も曖昧な笑みを浮かべた。 私の苦笑は、見えるはずのない窓の外を見ようとした照れによるものだ。 香澄にそれが分かっているとは思えなかった。 「今日さ、家庭科の授業で赤ちゃん見たじゃん」 香澄は頷いた。 張り付いた微笑の上に、疑問符が浮かんでいる。 だから何よと怪訝な顔をしないあたりが、香澄が香澄たる所以なんだろう。 一限目、私たちは暗幕を引いた真っ暗な教室でビデオを見た。 画面いっぱいに幼児の顔が映っていた。 親の表情を真似てしかめっ面をしたり笑ったりする姿に、教室のあちこちから可愛いという声が上がった。 けれど、私はえらく悲しい気分になってしまった。 幼児は怒っていたわけでもなければ、喜んでいたわけでもなかったからだ。
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