3人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
「どうして急に化粧したいなんて」
香澄は口をつぐみ、そっと目を伏せた。
頬に落ちる睫毛の影が思いのほか長く、私は頬肘をついたまま、思わず見とれてしまった。
「好きな人が、できて」
「えっ」
髪の間からちらりと見える香澄の耳が、みるみるうちに赤くなった。
しつこく相手を尋ねると、香澄は上目遣いに私を見上げ、絶対誰にも言わないって約束してくれる、と念を押した。
「大丈夫。絶対誰にも言わないから。ね?」
秘密を打ち明けようか迷う香澄は、今この瞬間だけ、私より優位な立場にいる。
本当は話したくて仕方がないのを我慢しているのが、手に取るように分かった。
いいから教えなさいよと迫りたくなるのをこらえ、あくまで下手に頼み込む。
香澄はなかなか口を割ろうとしない。
「どうしても言えないってんなら、しょうがないね」
関心をなくした風を装うと、案の定、香澄はすぐに口を割った。
「サッカー部の北原君、分かる?」
「北原って、北原篤?」
私が身を乗り出すと、香澄は反対に縮こまった。
「分かるも何も同じクラスじゃんか。へえ、藤崎さんって、北原みたいなのが好みなんだ」
北原といえば、馬鹿で明るい、絵に描いたようなムードメーカーだ。
陰で北原に貞子と呼ばれていることなど、香澄はきっと知らないのだろう。
頬を染める姿がいじましくも滑稽だ。
最初のコメントを投稿しよう!