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「どうして急に化粧したいなんて」 香澄は口をつぐみ、そっと目を伏せた。 頬に落ちる睫毛の影が思いのほか長く、私は頬肘をついたまま、思わず見とれてしまった。 「好きな人が、できて」 「えっ」 髪の間からちらりと見える香澄の耳が、みるみるうちに赤くなった。 しつこく相手を尋ねると、香澄は上目遣いに私を見上げ、絶対誰にも言わないって約束してくれる、と念を押した。 「大丈夫。絶対誰にも言わないから。ね?」 秘密を打ち明けようか迷う香澄は、今この瞬間だけ、私より優位な立場にいる。 本当は話したくて仕方がないのを我慢しているのが、手に取るように分かった。 いいから教えなさいよと迫りたくなるのをこらえ、あくまで下手に頼み込む。 香澄はなかなか口を割ろうとしない。 「どうしても言えないってんなら、しょうがないね」 関心をなくした風を装うと、案の定、香澄はすぐに口を割った。 「サッカー部の北原君、分かる?」 「北原って、北原篤?」 私が身を乗り出すと、香澄は反対に縮こまった。 「分かるも何も同じクラスじゃんか。へえ、藤崎さんって、北原みたいなのが好みなんだ」 北原といえば、馬鹿で明るい、絵に描いたようなムードメーカーだ。 陰で北原に貞子と呼ばれていることなど、香澄はきっと知らないのだろう。 頬を染める姿がいじましくも滑稽だ。
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