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「それ、いつ?」
「四月の終わりくらいだったと思う」
私は頭の中で素早く引き算をした。
「もう八ヶ月も前の話じゃん」
「そうなるね」
あっさり頷く香澄に、私は尊敬の念さえ覚えた。
「吊り合わないのは分かってるんだけどね」
感心する私の姿をどう解釈したのか、香澄は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「そんなことないって。応援するよ」
「本当?」
香澄は弾けるような笑顔を見せた。
決まり文句を口にしただけなので、手放しで喜ばれると尻の座りが悪い。
「片瀬さんは、好きな人とかいないの」
「いないよ」
馴れ合うつもりはなかったので、素っ気無く返した。
香澄は、差し出した手をはねつけられたような顔で黙り込んでしまった。
いちいち素直な反応を返す香澄が、可愛らしくも鬱陶しい。
鬱陶しく感じてしまうのは、私が無くした――あるいは捨ててしまった純粋さを、香澄がまだ後生大事に抱えているせいだ。
口を開けば詰る言葉しか出てこないような気がして、私は無言で袖をまくった。
「顔、上げて」
言いながら、私は手の甲にライトオークルの下地を伸ばした。
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