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「ねえ、医師として来たけど、怪我人なんて出ないじゃん」
「だから?」
「それじゃ、割に合わないってこと。一応、ここに住まわせてもらってる身なわけだし」
「ほお、その自覚はあるんだな。そうだな、今のお前じゃ、ただの居候もいいとこだ」
「だったら───」
「だが駄目だ。いいか、俺はお前がここに居ることを認めてねぇし、信頼もしてねぇ。近藤さんが許可したから、仕方なく居させてやってるだけだ。勘違いすんじゃねぇぞ。お前は使われる時だけ使われろ。それ以外は、離れで大人しくしてるんだな」
そう言って、土方は振り返ることなく手をしっしっ、と追い払うように振った。
ここまであからさまに言われると、心が痛むと言うより悔しさと怒りが湧いてくる。
唇の端を噛み締め、荒々しく障子を開けるともう一度土方に振り返った。
彼は一心に机に向かっており、私のことなど全く気にしていない。
思いっきり障子を閉めてやろうかとも思ったが、陽菜のためだと言い聞かせ、静かに部屋を出た。
部屋を出てから、土方に言われたとおり、離れの自室に戻って大人しくしていようと思った。
歩いてきた道を戻っていると、道場の方から布で汗を拭きながら歩いている男が目に入った。
彼はこちらに気づくと布を肩に乗せ、近づいてきた。
近づいてくる彼の目が細められていて、私は体を固くした。
彼は父・宵智にどことなく似ていて、苦手なのだ。
目の前にやってきた彼を見上げつつ、引きつった笑みを口元に浮かべた。
「お、はようございます、斎藤さん」
「なぜお前がここにいる」
「朝餉後の、ちょっとした運動で……」
「…………そうか。だが、土方副長は自由に歩いて良いと許可を出したのか?」
「いや、出されては……ないけど」
「ならば自室で大人しくしていることだ。私個人としては、お前の存在にさして危険を感じないが、副長が危険視するのであれば、お前は監視対象だ」
土方もあからさまに言っていたが、土方の場合は口調に棘があった。
しかし、この斎藤という男には感情が感じられない。
ただ機械のように喋る彼から言われても怒りや悔しさは湧いてこなかったが、ただ、そうしなければいけない気にさせる。
それは父に似ているからかもしれない。
斎藤はじっと私を見据え、私はそんな彼の視線から逃げるように、さっさと彼の横を通り過ぎた。
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