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逃げ出さなかったことに後悔しつつ、もう一度発音を聞いてくる野口に同じフレーズを言ってあげた。
彼は「わかった!」と大声で言うと、リピートした。
うん、なかなか様になっている。
彼、野口健司は私と同い年らしい。
自分で言うのもなんだが、これでも私は童顔だ。
しかしもっと童顔な人がいたとは……世の中なにがあるのかわからないものだ。
少し焼けた肌に坊主頭はまさしく野球少年で、マウンドの上に立たせてみたいと思った。
語学習得能力はなかなかのもので、前の世界での生活を少し思い出してしまった。
そして、彼はあの芹沢派の一人でもある。
「one two three four five six seven nine ten!朔、ついに言えたぞ!!」
「野口さん、eightが抜けてる」
「へっ?……ああ!!」
私がそうツッコんであげれば、野口の喜んだ顔は素直に沈んだ。
言うべきじゃなかったかも、と激しく落ち込む彼の姿を見て思ったが、いやいや、ここは厳しくなければ……、と一人で鬼教師役を演じてみたりした。
「貴様らはいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「!!芹沢先生!!」
野口はなんて感情を表に出す子なんだろう。
この部屋の主のようやくの登場に、彼はぱあっと顔を明るくして、やってきた芹沢の下へ駆けた。
芹沢はそんな彼の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
それを見て、私は雷光を思い出した。
その光景は、まるで雷光と私や鈴のようで……。
彼と雷光が似ているなど、雷光に失礼すぎることを心の片隅で思ってしまい、反省したものの、親子の絆のようなものを二人に感じた。
つい立ち上がってぼーっとそれを眺めていれば、芹沢の後ろにいる新見が二人を避けて室内に入り、私の眼前に手をかざした。
目の前は一瞬にして暗くなり、芹沢と野口の姿も闇へ消えた。
それがとても恐ろしく思え、急いで手を退かせば、次は新見の着物の帯が目に入った。
意味の解らない行動に彼を睨みあげれば、彼は悲しみを帯びた目で私を見下ろしていた。
初めて見るその顔に一瞬ドキッとしたが、すぐにそれは消え失せ、いつもの興味なさそうな表情へ戻ってしまった。
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