13-(2).

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逃げ出さなかったことに後悔しつつ、もう一度発音を聞いてくる野口に同じフレーズを言ってあげた。 彼は「わかった!」と大声で言うと、リピートした。 うん、なかなか様になっている。 彼、野口健司は私と同い年らしい。 自分で言うのもなんだが、これでも私は童顔だ。 しかしもっと童顔な人がいたとは……世の中なにがあるのかわからないものだ。 少し焼けた肌に坊主頭はまさしく野球少年で、マウンドの上に立たせてみたいと思った。 語学習得能力はなかなかのもので、前の世界での生活を少し思い出してしまった。 そして、彼はあの芹沢派の一人でもある。 「one two three four five six seven nine ten!朔、ついに言えたぞ!!」 「野口さん、eightが抜けてる」 「へっ?……ああ!!」 私がそうツッコんであげれば、野口の喜んだ顔は素直に沈んだ。 言うべきじゃなかったかも、と激しく落ち込む彼の姿を見て思ったが、いやいや、ここは厳しくなければ……、と一人で鬼教師役を演じてみたりした。 「貴様らはいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」 「!!芹沢先生!!」 野口はなんて感情を表に出す子なんだろう。 この部屋の主のようやくの登場に、彼はぱあっと顔を明るくして、やってきた芹沢の下へ駆けた。 芹沢はそんな彼の頭に手を乗せ、優しく撫でた。 それを見て、私は雷光を思い出した。 その光景は、まるで雷光と私や鈴のようで……。 彼と雷光が似ているなど、雷光に失礼すぎることを心の片隅で思ってしまい、反省したものの、親子の絆のようなものを二人に感じた。 つい立ち上がってぼーっとそれを眺めていれば、芹沢の後ろにいる新見が二人を避けて室内に入り、私の眼前に手をかざした。 目の前は一瞬にして暗くなり、芹沢と野口の姿も闇へ消えた。 それがとても恐ろしく思え、急いで手を退かせば、次は新見の着物の帯が目に入った。 意味の解らない行動に彼を睨みあげれば、彼は悲しみを帯びた目で私を見下ろしていた。 初めて見るその顔に一瞬ドキッとしたが、すぐにそれは消え失せ、いつもの興味なさそうな表情へ戻ってしまった。
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