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「鈴、紹介は部屋にお通ししてからにしよう。お客人もお疲れだろう」
「……かしこまりました」
そう言って、鈴の父は私たちと鈴の母の間に入るように動いた。
彼のがたいのいい体で鈴の母は見えなくなり、彼女が今どんな表情をしているのかわからなかった。
鈴は彼の言葉にそれもそうかと思ったのか、素直に頷いて私を引きながら階段に向かった。
私は階段を上りつつ、二人へと視線をやった。
いまだに嫌悪の表情をした彼女の横顔が見えた。
階段を上りきり、鈴に引かれるまま一本の廊下へと出た。
左右にはいくつか部屋があり、どの部屋にも人の気配を感じた。
静かに食事をすすめる部屋もあれば、どんちゃん騒ぎの部屋もあった。
そんな部屋たちを通過し、廊下の最奥の左側の部屋に通された。
百合の間と言われるだけに、百合の掛け軸が飾ってあった。
左側の部屋は表玄関の方に面しているようで、鈴が開けた窓からは道を行き交う人たちと薄暗くなった空が見えた。
「こちらでお寛ぎください」
「あんたはこれから何をするんだ?」
「私は朔様をおもてなしするため、料理を運んでまいります。先ほどの方で、今日のお客様は全てお部屋に入られましたから、お父様もすぐにこちらへお越しになると思います」
「そう。……あのさ、オレお金ないけど」
「お礼ですので、代金は頂戴いたしませんよ。では、また後ほど」
鈴はそう言って部屋の前で正座をし、一度頭を下げてから敷居を越えて、廊下にきちんと正座をすると部屋の襖を閉めた。
私は隣のどんちゃん騒ぎを聞きながら、ずっと持っていたカバンと風呂敷を部屋の隅に置き、窓際に腰かけると空を見上げた。
一番星が、すでに輝いていた。
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