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鈴のこの反応を見ると、本当に今の今まで、私が男だと思っていたようだ。
もし女だと教えなかったら、一生気づかなかったかもしれない。
いまだに変顔をしている鈴をよそに、私はひたすら腹を抱えて笑った。
その声に、何事かとこちらを見てくる者もいたが、私の姿を見るとすぐに店の中へ戻っていった。
私はその様子を横目で見ていたが、今は気にする余裕もなかった。
……いや、今は気にならなかった。
たぶん、さっき雷光と話をした時に、彼が言ってくれた言葉のおかげだろう。
ーーーーー……
『じゃあ、返答をお聞きしても……?』
『はい。オレは……ここに住み込みで働きたいです。迷惑をかけることになるのは充分解ってる。それでも、ここから始めたいんです。だから……離れなければいけなくなるその時まで、お世話になってもいいですか?』
『もちろんだよ。むしろそのような時が来なければいいと思うほどだ。それで、朔殿はいつその時が訪れると思っているのかな?』
『それは……自分自身でもわからない。でも、必ずその時は来るとは思ってる』
『必ず……か。朔殿が言うと、本当に起こりそうな気がするよ。さて、それじゃあ朔殿には早速働いてもらおうか。…………いや、もう朔殿ではなく、お朔と呼ぶべきかな?』
『雷光さん、オレが女だって気づいてたんですか?』
『私の人を見る目をなめてもらっては困るよ。残念なことに、鈴にはその目がまだ養われていないようだがね』
『鈴……いえ、鈴お嬢様はオレのことを男だと思って……?』
『そうだろうね』
『ああ、やっぱり……。……あの、雷光さん』
『なにかな?』
『本当にオレは……ここに居てもいいんですか?』
『君は何に怯えているのかな? 君を見る人の目? 君を見て囁かれる声? 君を見て捕まえようとする人の行動?』
『……わかりません。でも…………全部。オレを見る人の目も囁かれる声も捕まえようとすることも。気にならないって自分に言い聞かせてたんですが……やっぱり気になるんです』
『それは君の内の問題だから、気にするなと言ってもすぐにはそうできないだろう。でも、本当に気にすることではないのだよ。人は皆が皆、違う容姿をしている。君はただ、他の人とはだいぶ違う容姿をしているだけなのだよ。それはきっと、神様が君に与えた特別な贈り物だよ。誇りを持っていいことだ』
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