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「もしかして、梅さんに遠慮してるのか? 梅さんも芹沢さんも、そんなこと気にするような人じゃ」
「俺はもう必要ない。ただそれだけのことだ」
「必要ない……?」
「そうだ。芹沢さんの隣にはあの女がいる。俺の役目は終わったんだ」
「役目って、そんな仕事みたいな言い方」
「ある意味仕事だ」
「でも、突然傍を離れるなんて…………あんたは寂しくないのか? 一人道に放り出されて、迷ってないのか?」
「道標はある。あの人が示した道だ」
話していて胸が苦しくなる私とは対照的に、恐ろしいほど新見の表情は変わらない。
悟っているのか諦めているのかがいまいち解らず、その落ち着き加減に胸騒ぎもした。
この後何が起こりうるのかが未だに思い出せないが、その示された道とやらを阻止しなければいけない気がした。
「本当に、その道が正しいのか?」
「道自体は間違いだらけだろう。だが、そこを進むことは正しいと、俺たちは信じている」
「なんでそんな道……」
「お前は俺の行く道を阻止したいのか? それとも………………共に歩んでくれるのか?」
からかうでもなく、縋り付くでもない。
ただの疑問のはずなのに、やけに甘く耳に響いた。
阻止という文字が霞んでいき、胸が先ほどとは違った騒がしさになる。
新見の顔も直視できず、思わず俯いていた。
すると、優しく頭に手が置かれた。
反射的に上げようとした顔はその手で押さえ込まれたが、やんわりとしたものだった。
どう答えるべきかとフル回転させていた脳は落ち着きを取り戻していたが、次の瞬間、思考が停止した。
「今のは忘れろ。お前は、生きろ、朔。……壬生浪士組を見届けてくれ」
その言葉を理解したのは、新見の姿が見えなくなってからだった。
慌てて探しに裏口を出て辺りを見渡したが見当たらず、それ以降、彼の姿を屯所内で見ることはなかった。
唯一、抱き締められた体と囁かれた耳元だけに、彼の熱が残っていた。
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