23ー(2).

8/16
前へ
/782ページ
次へ
─────……… 洗い物に洗濯を慌ただしく終え、稽古着に着替えると私は急いで道場に向かった。 今日は斎藤となので、絶対に遅刻などというヘマは冒せない。 しかし、こういう時に限って非日常はやって来る。 「あら、朔様。そのお姿……噂通り、剣のお稽古をされているんですね」 前川邸の門前を横切っていれば、そう声をかけられた。 その声にすぐに誰だかわかり、私は焦る心を片隅に追いやり、振り向いた。 「梅さん、こんにちは。姿は何度か見かけてたけど、会うのはあの日以来……かな」 「そうですね。なんだかすごく懐かしく感じます」 「それだけ、芹沢筆頭局長との思い出が濃いってことだよ。上手くいっているようで良かった」 「心配して下さっていたのですか?」 「そりゃ、あの場に居合わせたわけだし」 「ふふ、そうでしたね」 そこで一旦会話は途切れ、私は一度道場へ目をやった。 がやがやした空気から、稽古はまだ始まっていないようだ。 ほっと一安心して再度梅へ視線を移すと、八木邸を見つめ、幸せそうに微笑む姿があった。 今までで見たことのない顔つきだ。 「梅さん、幸せ?」 「はい、幸せです、とても」 「なら良かった。それじゃあ、早く幸せのもとへ行かないとな。オレも、そろそろ稽古だし」 「あら、お引き止めして申し訳ございません」 「いや、こちらこそ。じゃあ」 片手を上げ、私は道場へ急いだ。 梅の笑顔を見て、こっちまで幸せな気分になる。 朝の嫌な感じは胸に残っていたが、この時は幸福感が勝っていた。 しかし、そう良いことは長くは続かないのが人生というもの。
/782ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3492人が本棚に入れています
本棚に追加