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東南アジアのうだるような暑さの中、少女は街の中を歩いていた。
周りの人々は、彼女を一瞬気にとめても、いつものようにすぐに自分の仕事に戻っていた。
だが、誰もが少女の服装を見て多少は気にかける。
少女は、周りの人がどんな薄着でも、どんなに暑くても必ず深緑の長袖、しかもインナーも黒という、涼しさとはまるで無縁の服装だからだ。
それなのに汗一つかずに肩ほどまでのセミロングにしてある黒髪を揺らしながら歩くので、多少驚いたような顔で少女は見られることが多かった。
少女が大通りから外れ、小道に差し掛かった時だった。
少女の視界に、黒い物体が急に現れた。
だが、少女はそれをサッと、冷静に首を動かしてかわした。
その黒い物体――フライパンが飛んできた方向を見ると、二人の男が組み合いながら所謂喧嘩をしていた。
その様子に、少女は多少顔をしかめる。
彼女としては、どうにも街の中で起こる騒動が苦手だった。
そんなとき、少し皺の目立つおばさんが少女に声をかけた。
「ブルーさん、大丈夫かい?」
少女――ブルーは、おばさんの顔を見て、「ええ」とだけ言った。
そして、ブルーは暴れている二人を見ながらおばさんに質問をした。
「あの二人が暴れているのは――いつもと同じ理由?」
その声は、あまり感情のない、高い声だった。
「ああ、そうだよ。全く、今日なんて昨夜から飲んでたから余計に酷くてね。
…たまには、アレ、やってくれるかい?」
二人が暴れているバーの経営者であるおばさんは、やれやれと思いながらもブルーに頼み込んだ。
だが、ブルーはいまいち気が乗らない。
二人が二日に一回のペースで暴れるので、その度におばさんに頼まれているからだ。
どうしようかとブルーが悩んでいると、おばさんが耳元でそっと囁いた。
「やってくれたら、蟹を10杯奢ってあげるよ」
「やります」
早押しクイズもビックリの即答だった。
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