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いつもと同じように朝7時前、目が覚めた。
アラームを鳴らすわけでもなく、長年の間に体に染み付いた所謂習慣だ。
そして目を覚ます為の起き抜けの一本。
これは煙草のことである。
歯を磨くよりも顔を洗うよりも何よりも先に、こいつを手にする。
相棒と呼ぶに相応しいのはこいつくらいのもんだ。
15年近くそうしてきたのだから。
だが、近頃はどうも体調が芳しくない。
美味いはずのこいつが、美味くないのだ。酷い時は吐き気すら感じる。
今日も例外ではない。
「う~ん」
どうしたものか、と首を捻ってみるものの答えなどわかるはずも無く、まだ3口程度しか吸っていないそれを押し消した。
相棒は虚しくクシャリと音を立てる。
「俺ももう35だ。そろそろ離れ時かなぁ」
懐が寒い時でも、なけなしの金をはたいてこいつを買ったもんだ。
離れるといってもそう簡単に離れられるものではない。
「う~ん」
習慣としていたものが一つ減る。その寂しさと空虚感。
ふいにどうしようもない悲しさに襲われる。
「もうちょっとの間だけ、一緒に居ても良いよなぁ?」
返事が返ってくるわけもなく、灰皿に横たわっているそいつをただ眺めた。
今日はやけに朝からセンチメンタルな気分だ。
「ああ、そうか」
そうか、今日はあいつが死んだ日なんだ。
うんうん、そうかそうか、と妙に納得してしまった。
それならばセンチメンタルな気分になるのも、仕方ない。
俺は相棒を眺めるのをやめ、洗面所へと向かった。
鏡に映る35歳の俺の顔は、酷く疲れているように見える。
頬は痩け、目の下の隈は病人のようだ。
無精髭もどうにかしなければ。
そう思うのだが、実際のところそんなことはどうでも良い。
家から出るわけでも、誰かに会うわけでもない。
今日、俺はまたいつもと同じように家で1日を過ごすのだ。
ただぼんやりと、煙草をふかしながら。
死んだ最愛の人を想いながら。過ごすのだ。
始まらない1日の終わりが来るまで。
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