桃源郷

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「じゃーん!!!」 呼吸を整える為、膝に手をつき項垂れていた俺は、その声に促される様にして顔を上げた。 正直俺は馬鹿にしていた。 何もないこの村を、便利の悪いこの村を、とんでもないこの村を。 赴任してきてからずっと、馬鹿にしていた。 「へへっスゴイだろーう!これ全部、僕たちが育てたんだぜ!」 目の前に広がる、不恰好だけれど力強く咲く"向日葵"に柄でもなく俺は目を奪われた。 なんてこった。 今の今まで俺は何を見て生きてきたんだろう。 「…綺麗だな」 ほら、こんな平凡な感想しか言えやしない。 キラキラと照りつける太陽と、溢れんばかりのいじらしげな生徒の笑顔。 その背後には背丈程に大きく育った黄色い向日葵。 俺の周りを穏やかな風が通り過ぎていく。 誰だ。 とんでもない場所だなんて言った奴は。 「キレイに咲いたらせんせいに見せるって決めてたんだ!」 きっと今、この子は世界で一番輝いてるに違いない。 コンビニもスーパーも何もない場所だけれど。 とんでもない場所なんかではない。 此処には自然がある。 笑顔がある。 夢がある。 希望がある。 何よりも暖かさがある。 こんな当たり前の事を、こんな小さな子供に教えられるなんてな。 俺は太陽に顔を向けた向日葵を眺めながら、小さな彼の頭を一度だけ撫でた。 何故か無性に泣きたくなった。 ひっそりと佇む桃源郷。 俺は今、桃源郷に立っている。
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