送り火

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日が暮れると、町中より少し外れている屯所にも賑やかな音が聞こえてきた。 先程、藤堂も斎藤や永倉と連立って町中へと出掛けて行った。 巡察組の沖田と原田、井上らも先程、羽織りを来て出掛けて行った。 現在、朔以外で屯所にいるのは屯所の警備担当の隊士と、巡察組で出発の刻限まで屯所待機している隊士、そして、土方と近藤だけだ。 雪もまた、仕事を早々に片付けると、友達と共に出掛けて行ったのだった。 朔は台所で沖田用のあんみつを作った後、原田達、他の巡察組の人々が帰ってきたら、すぐに酒とつまみが出せる様に準備を整えると庭先へと出た。 夜風にあたりながら、朔は僅かに聞こえてくる町中の賑やかな音を耳にしていた。 (そろそろ送り火が灯される時間よね…) 朔は夜風に靡く己の髪を片手で押さえると、そっと目を伏せた。 調子が悪いと昼間言ったが、本当は身体は何ともなかった。 気持ちの問題であった。 そう。こちらに来てから朔は本当に幸せだった。 兄と両親にも、今は幸せだと言える。 新撰組の人間と出会い、少しずつ自分を好きになれた。 自分の存在を認められた。 自分を責める事を止められた。 だが、まだお盆を心穏やかに過ごせはしなかった。 どうしても、兄や両親の事が浮かび、沈んだ気持ちになってしまう。 朔はそっと目を開けると、隣りの壬生寺へ向かおうと歩き出した。 壬生寺のあの桜の樹の下で独り静かに兄と両親へ祈ろうとしたのだった。
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