送り火

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だが、土方の朔を呼び止める声が響き、朔は足を止めた。 「おい、九条」 「土方さん?」 振り返るも土方の姿は無く、朔が辺りを見回していると、再び声が聞こえた。 「上だ、上。屋根の上だ」 屋根の上という言葉に導かれ、朔が屯所の屋根を見上げると、屋根の上で寛ぐ土方の姿があり、朔は目を丸くした。 「土方さん?!屋根の上で何をなさってるんですか?!」 「来れば分かる。九条、お前も屋根の上に上がって来い」 「む…無理ですよ!私の運動神経では屋根から落ちるのが目に見えてます!!」 土方の言葉に朔は首を振って叫んだ。 朔は元々、運動が得意な方では無いのだ。 屋根など足場の悪いところへ着物などで上がれば、たちまち体勢を崩してしまうだろう。 だが、土方は許してはくれず、非情にも命令を下してきた。 「ぐだぐだ言ってんじゃねぇよ。命令だ。上がって来い!そこに梯子があんだろ?」 命令、と言われれば、朔には拒否出来ない。 いや、拒否しようと思えば出来るのだが、拒否した後が怖い。 どんな嫌がらせが待っているのか、想像するだけで泣きたくなる。 (意地悪さは、沖田さんも土方さんも似たり寄ったりな気がするのは気のせいかしら…) 朔は泣きたい気持ちで溜め息を零すと、土方が言う梯子に手を掛け、ゆっくりと上り始めた。 「もし落ちたら土方さんの事恨みますからね!」 朔が泣きそうな声でそう言えば、屋根の上からは実に楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
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