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朔がそう問い掛ければ、土方は苦笑しつつ、朔の額を軽く小突いた。
「馬鹿。両親と兄貴の温もりを求めちゃいけねぇなんて誰か言ったか?言わねぇだろ。忘れなくて良いんだよ。懐かしがって良いんだ。分かったら独りでぐだぐだ悩むな。お前一人を受け止めるなんざ、朝飯前だって言っただろ?」
まだ朔が心を閉ざしていた頃、平隊士らと諍いを起こした時に土方はそう言ってくれた。
それを思い出し、朔の胸に熱いものが込み上げた。
「土方さん…本当に狡いです。いつも意地悪なのに、不意打ちで優しくするんですから…」
土方の優しい言葉に、朔は思わず零れそうになった涙を手の甲で拭うと、笑ってみせた。
すると、土方もまた笑った。
「いつだって俺は優しいだろうが」
「いいえ。沖田さんと同じくらい意地悪です」
「総司と一緒にすんじゃねぇよ!あいつの方が腹黒いし、根に持つし、質悪ぃじゃねぇか!」
土方のその言葉に、土方と朔はお互いに顔を見合わせると、やがてどちらともなく笑い出した。
確かに土方の言う通り、沖田の方が腹黒いし、質が悪いのだ。
暫くの間二人で笑っていたが、ひとしきり笑い終えると、土方は町中の方を指差した。
「見てみろ。送り火が始まったぞ」
土方の指示す方向には、明るい火が上がり、山肌に文字を浮かび上がらせていた。
先程より一層夜の闇が深くなった中に浮かび上がる火文字は、とても幽玄であり、朔は魅入っていた。
やがて五山全てに火が灯されると、何とも言えない美しい光景であった。
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