送り火

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これは、池田屋事件、祇園祭も終わり、夏が終わりに向かいかけている頃の事。 「暦では秋になるのに、まだまだ暑い…って、当然ね」 朔は手を翳しながら空を見上げると、苦笑した。 幕末は旧暦を使用しているため暦の上では秋になるが、現代であれば今はまだ夏の盛りである。 見上げた先の空も夏の空で、秋の空…突き抜ける様な蒼く高い、澄み切った空が見れるようになるのは、まだ先のようである。 青い空に大きな入道雲が見え、蝉の鳴く声が五月蠅いくらいに響いている。 蝉の鳴き声を耳にしつつ、朔は少しだけ表情を曇らせた。 「……お盆、か…」 呟いたその声は、不意に吹き抜けていった風によりかき消されたが、風は朔の沈んだ心までは消してくれず、依然として朔は沈んだ顔をしていた。 お盆がくることが憂鬱なのではないが、お盆の時期は、どうしてもいつもより沈んでしまうのだ。 両親と兄は亡くなったという現実が、いつもより強く感じられ、寂しくなる。 送り火や、お盆の時期特有の、どことなくしんみりした雰囲気、気怠いくらいの暑さだが、お盆が終われば秋がやってくるという夏の終わりを感じさせる雰囲気。 それらが故人の哀悼の念とあいまって、余計に哀しくさせるのだ。 「……時を越えた幕末の地でも、お兄様達を弔えるかしら…。お兄様達は…来てくれるかしら…」 昔から、故人は蛍や蚊などに姿を変えて、帰ってくると言われている。 それが本当かどうかなんて分からない。 だが、毎年、現代の都会では珍しい蛍が迷い込んだ様に朔の部屋へやってきていた。
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